Sapere aude

読書録、学んだ事のまとめ 

立作太郎と有賀長雄 -共鳴と相剋

 

※論文からの引用は現代仮名遣いに修正していることもある。旧字体も新字体に直し、国名の当て字は基本カタカナに直している。

※引用の後の括弧の中の数字はそのセクションで扱っている論文のページ数を示す

※引用でない本文においては、保護する国はそのまま「保護する国」と表現し、保護される国を「保護国」とした。

※黒丸マーク(これのことである→・)以下の文言は筆者のコメントである

※敬称略

 

保護関係とは?

許 淑娟

国家122-3・4「領域権限論再考(2)」

19世紀後半以降、「ヨーロッパによる植民地支配の形態は、法律構成として1. 保護条約による保護領 2. 影響権条約に基づく影響圏 3. コンセッションを受けた植民会社による支配である。」

「ヨーロッパにおける保護関係においては、たしかに被保護国の主権は一定の制限を受けるが、あくまでも保護国と被保護国は別個の存在として認められる。対外関係のすべては保護国によって行われ、被保護国は国際取り決めにおける利益や負担に関わることができないが、その場合にも、保護国は被保護国を代理して行使するのであって、被保護国の存在が否定されるわけではない。(中略)また、内政においてはほぼ完全な行動の自由が保障される」

(394)

だが、1884年より行われたベルリン会議後では

「アフリカやアジア太平洋で行われた「保護関係」は、被保護国への内政への介入の度合いを徐々に強め、最終的には併合に通じる過程の一つの理解されている。」(394,395)

このようは保護の内容は特定されないことが多い。その理由は、「保護国による介入や統制への余地を残すためであった」(395)

 

「主権すべてを委譲する条約の締結は「割譲」に該当するにもかかわらず、これを保護条約として分類するのが十九世紀末から二十世紀初頭の学説の態度」(395)である。

 

 

 

立作太郎(1874~1943)

1897帝大法科大学政治科卒

1904東京帝大法科大学教授、国際公法担当

今野元「東京大学法学部に於ける「国際政治史」の百年」p. 114によれば、

  • 創成期の「外交史講座」を担当
  • 価値論を持ち出した英米主義者美濃部に対し、立は「諸国間に本質的な白黒を付けず、国際権力闘争を当然の現象と見ていた。

 

 

有賀長雄(1860~1921)

1882帝大哲学科卒

1891に枢密院秘書官を兼務しつつ、陸軍大学校への国際法講義実施の以来を受け国際法の研究に当たる、その後日清戦争国際法顧問として従軍

1895ヨーロッパへ留学、翌年帰朝

1898「外交時報」創刊、学習院教授

 

 

 

先行

田中慎一「保護国問題」1976 東京大学社会科研究 p.126~162

 

  • 有賀「保護国論」、立「国家の独立と保護関係」,「保護国の類別論」、有賀「保護国の類別論」、立「保護国に関して有賀博士に答う」の分析、以上の五つの論文の読解については概ね同意する。以上の論文が田中の定義する「論争」の核であることは正しい。すなわち本稿が着目する単なる議論の連関と、論駁的性質を伴う議論の連関に質的な相違は見るべきである。

 

 

  • 保護国という概念を歴史学用語としてどう扱うべきかという論文執筆当時の問題に一定の見通しを与えることに重点がある。有賀と立の「論争」において理論的厳密性という点で立に軍配が上がるとする「立の有賀批判は高い学問的水準にあり、有賀の反論は立の批判に相応しい反批判になりえていない。」(160)

 

・ 立、有賀の学問的、理論的背景、現実との接続という問題は副次的に扱われる

 

  • 「この論争は(中略)筆者が発掘したものであるから、本稿が取り上げる理由をあらかじめ述べておく(中略)(1)(中略)有賀長雄「保護国論」は管見する限り、保護国を体系的に論じた著作として空前絶後のものである。(2)国際法学者間の保護国に関する本格的な論争は後にも先にも、この論争が唯一のものであ(中略)(3)(中略)保護国に関する国際法学的考察を一挙に深化(中略)しえた(4)(中略)理論と現実との緊張関係を保ちつつ自説の正当性を競いあった。(5)(中略)西欧における国際法学が獲得していた保護国に関する初学説に厳密に則ることによって得られるものでなければならないいのは無論のこと、朝鮮保護国化(中略)を国際法学的に把握する点での有効性に裏付けられなければならないと考えられていた。(6)国際法学者の単なる学説上の対立という意味での順学問的性格の論争ではなく、きわめて現実的な政策提言的要素を内包した論争である」(130,131)

 

  • 上に引用した部分の目的、特に保護国という概念の扱いを観察することにおいてこの論文は概ね成功を収めていると言えるが、1906年9月の有賀保護国論刊行から1907年2月の立「保護国論に関して有賀博士に答ふ」の検討に殆ど終始しており、3で挙げるような「深化」を検証するための論争内部を越えでる議論の確認は為されていない。更に、純学問的対立ではなく、政策提言論争であることは勿論だが、本稿が重点を置く、学問観、国際法観との連関への視点は少ない。

 

  • 1905/08外交時報93 p.31~41、の立作太郎 「保護国論」の存在を把握していない(少なくとも言及はない)のは両者の応答関係の理解を多少不正確にしている。「立が有賀の「保護国四種類別説」に対置して提示した「保護国三種類別説」」(148)という記述は、立が有賀の類別説に応答して新しく提示したという意味で解するならば、1905年時点で、それとは異なる表現での「保護国三種類別説」を提示した事実に反する。

 

 

本稿の特性

 

  • 「いかにあったか」ではなく、「いかに語られ考えられたか」に最大の重点を置き、有賀が保護国論を記す以前から論点において共鳴していた両者の議論を確認し、両者の相違点、各々の思考の連続性と変化を探る。微妙な変化の摘出は非常に難しく、また稿を改めて行う必要があるかもしれない

 

  • 現実の問題との連関が存在することは前提とした上で、議論の展開の仕方、行っている思考に着目する。国際法、ひいては学問観と「論争」の対立点が連関することを示したい。ただし、今回西洋の理論との関係という側面が抜け落ちている

 

  • 二人の論文、併せて11本は時系列に配置し(執筆時期を詳細に考察することはしておらず、掲載順である)、コメントを加えていくが、いくつかの疑問については説明を行うが、ただ提示されるだけの疑問も存在する。適宜その前の論文と連関することについては其の都度指摘する

 

  • 先に述べたように、三種類別説を立は二度提示するのだがそのことを論じた先行研究は存在しない。その二回の提示と、両者の相違にも着目する。

 

 

 

外交時報36 1900

有賀「領土保全の名義の下に領土上の利益を獲得する諸法」50~64

「外交史上の一研究」

分割併合の名を用いずにその実を行う方法は6種類あり、その内の5種はロシアが実際に行っているものだといういことも注意すべき(50)

 

1君位合一

ウィーン会議後、アレクサンデル一世が、人種言語風俗を異にする国民同士は併合すべきでなく、各独立しているべきであると述べ、ポーランドを独立国とした後にポーランド王の裏位を兼ねたこと、オランダ国王がベルギー、オーストリア国王がロンバルディアヴェネツィア国王が兼ねたことなど

この方法は永続の見込みなく反乱を招くため、これを近年行う者は少ない(50~52)

 

2住民懐附

1865年クリミヤ戦後のパリ条約でトルコの領土保全が保証され、モルダヴィヤ、ワラキヤはトルコに対し半ば独立をしたが、ロシアがこれを保護することは出来なかった。そこでトルコからの半独立ができなかったブルガリアなどの住民を懐柔し、反抗し半ば独立させて、自らが独立した国を保護するのがそれである。中央アジアのロシアの膨張はすべてこの手法による。(52~55)

 

3約定占領

露土戦争後のベルリン会議に於いて合意されたトルコの領土保全をかいくぐるため、ロシアが発明したのがこれで、トルコの合意によってその国の地方を占領するものである。ボスニア・ヘルツェゴビナも名目上はトルコの領土であり、その人民はトルコの内地でトルコ人として扱われるが、同様の方法で実際はロシアの支配下である。(55~57)

 

  • 支配の定義は示されない。名目、約定が事実と相反することを指摘するが、その支配の事実は、列国間の同意に基づいて認定している。有賀の提示するロシアが事実上支配する権原は「外国の全権之に同意したり」さらには、ロシアのトルコ占領は結局条約の修正で認められていることは記されているため、どういう意味で名目と事実がどう切り離されているのかが明確でない。

 

4附庸国保護権の設定

ベルリン会議後、フランスが表面上チュニスを合併せず、保護権下においた上で、事実上の自領としたのに端を発する手法である。(57~59)

 

5一時占領の無期継続

イギリスがエジプトに対し、永久に行うつもりはないと明言しつつ、一度行った派兵を継続し続けているのがこれである

「(原文強調点)極東に於いて露国の侵略主義に反対すべき地位に立つ英国自身がエジプトにおいて無名の占領を無限に継続しつつあるとは英国に信頼せむとする者の決して忘るべからざる所なり」(59~63)

 

6有期及長期租借

1899年のドイツのコウシュウ湾に端を発し、ロシアが旅順に、英国が威海衛に設定したのは「領土保全の名義の下に一地方を分割するの新法なり」(63)

 

結論

「(以下強調点)以上格段に叙述するところの方法は皆ある一国が他国の領土保全を唱へながら実際に於いて領土上の利益を獲得せむが為に使用するとを得べき所なり。故に若清国現下の紛擾を利用して満州若はその他の地方に対し此の如き方法を用いむとする国あらば日本政府は昨年十月十六日の英独協商第三条()に依り右両国と協商して清国に於ける日本の利益を保護するに勉むべきなり。」(64)

 

  • 分類は特に相互排除するものとして定義されていない。分類法は明示されていないが、たとえば2での具体例も、保護権を用いるという意味では4と共通する。5の事例も住民を煽って駐留を認めさせようとするという手段を介在していると書いてある。すなわち実際の国家関係においてはある国が他国を獲得するに際して、複数の手段を選択することも想定されている

 

  • なにを以て「事実上の支配」とすると考えているのかは明示されない。各項目に共通して見受けられるのは列国の承認という事項である

 

  • これら事例は「領土保全の名義の下に」行われたものなのか、そうでないものと区別する基準は提示されない。条約にそのようなことが明示されていればそうであるという解釈もあり得る。確かに5の事例においては条約にエジプトの領土保全という字句があることが指摘されているが、それ以外の場合おいては本文中明らかではない

 

  • 結論においてはそういった手法と対決する意識を乗せてか「清国に於ける日本の利益」と明示されている。敢えて指摘するまでもなく刊行年との関係でロシアへの意識が大きい

 

・ 保護国とは、併合の一手段であるということは明白に意識されている

 

  • 最初にこの論文が掲載されたのは同年一月朔日東京日日新聞であり、読者たる衆人が実際の国家関係を見て、その名目において領土保全を述べている場合でも自国の領土上の利益獲得が行われていることを理解させることが第一目的で、分類は副次的、便宜的役割を持つに過ぎないとは解しうる。そのような性質の端緒として、6の事例は、新しい出来事で読者も記憶しているだろうから詳述しないと本文に記されている(「然れども其の事新しくして尚ほ読者の記憶するところなればココに詳述するの要なし。」)
  • 「分割併呑の名を避けながら其の実を行はむとして施したる方法」(p50)と、タイトルの、領土保全の名義の下に領土上の利益を獲得する諸法は同義に用いられてよいか

 

 

 

 

 

国際法雑誌2巻5号p.1~7

 

有賀長雄

「国際公法と国際事実」

国際法は主権者の命令としての法とは異なり、自然に生じ至る慣例である。関係する双方に有利なものが確実なものとなっていく。

国際法学者の仕事は国際事実の中で、慣例となりそうなものを挙げて、各国の利益となりそうなものは国際行為の模範として提示し、紛争の原因になりそうなものは退けることにある。そのため、国際法学は事実と離れる事はできないのである。(1,2)

 

国際法学が事実と離れる場合、2つの弊害のどちらかに陥る。

  1. 未だ慣例としての身分を得ていない事実を法として提示するために、理論として興味深くとも外交に益なく、結果として政府にも尊重されないこと。

人物としてはブルンチェリ、ヘフテル、フィオーレなどがその弊に陥っており、事例としては、1874年に国際法協会が平時封鎖を強制手段として禁じる決議をしながら、ギリシア封鎖の事例からその手段を有益と判断し、1887年に前の決議を改めたことがそれである。仮説的理論は有効であるが、拙速すぎると理論の説得力、慣例として定着させる力も損なう。(2)

 

2.世界情勢の変化に対応せず、新しい慣例を慣例として認定しないために、法理論が現在の事実に照合しないこと。

一定の原則を設定した上で理論に適応しない新事実を排除することで適応能力を損なってしまうのが原因である。

事例としては、居留地制度や保護国の制度がそれである。これらは新しい制度で、特別の条約に基づいているものであるから、一般原則など存在しないという人もいる。確かに保護する国とされる国の関係は個別の条約により規律されるのであるが、保護される国と第三国の関係については、一般原則に基づくのであり、この原則の発見は国際法学者の職務である。嘗てある学者がボスニア・ヘルツェゴビナのような「占領及び行政地域」、清における租借地を、新事実として取り入れることなく、主権及び領土の従来の原則で扱うことは、「事実に遅れて進むもの」にほかならない(保護国などに向けた独自の一般原則が必要である)。(2~4)

 

リストは、先に述べた土地を通常の領土獲得として論じているが、条約または約款において、当該地域の所属をトルコや清に保留している事実に反する。トルコや清が当該地域への主権行使を条約に基づき行わないとはいえ、主権が存在しないことと同一視は出来ない。そうでないと当該地域の人間は依然としてトルコや清の国民であること(内地で外国人特権を保持しないこと)を理解できない。(4,5)

 

他にも平時戦時の区分に於いて、従来は平時に「交戦動作」をなすことを禁じていたが、近年戦時に至る前より交戦動作が多いことが示されている。例えば北清事変及びベネズエラ事件がそれである。この場合にも従来の学説でもって一概に不法と論ずることは穏当ではない。(6,7)

 

世界の国際生活はここ数十年国内生活以上の未曾有の速度で発展しており、進出の事実にあたり、新しい理論を形成する必要がある。(7)

 

 

 

 

  • 有賀は後者の弊を「主として論難」(2)しており、新事実の把握及び理論体系の革新を国際法学者に求める事に重点があると言える。それと同時に、その営みの拙速さが陥る問題も指摘したと言えよう。

 

  • 平時戦時の不法の問題は、従来の有賀の理論と連関しているだろう。

 

  • 国際事実を慣例として定着させる利益というのは、国際社会の一般的利益として記述しているが、それをどのように認定するかは論ぜられない。例えば、保護国、租借の慣例として定着したと述べるならば、その事実が一般的利益をもたらすからということになるが、清、トルコにとっても利益があるという事か

 

  • この問いは二つ疑問を内在する。1. 法による一般的利益を享受する主体は何と考えられているか(有賀は「双方の利益」、「国際共同の為に有益」などの語で表現しておりその点明示されない) 2. 国際慣例が成立する事実的因果関係の説明として、一方のみに有利なものであれば廃棄されるであろうし、一般的利益がある制度は承認を得るだろうということは納得がいくが、そこから新しく成立した慣行まで直ちに「列国交際の本旨に協へる」と言えるのか?(事実と規範の峻別が弱いのではないか)もちろん明示はしていないが、このような成立した慣行と利益があるという蓋然的な論証から、一般に新しく成立した慣行が広く利益をもたらすものであるという認識が成立していないか?もちろん、ある新慣行が成立した場合に、その慣行を正しく理論化出来ている場合と、混乱した状況にある場合では、前者の方が国際社会における利益が大きいとは言えそうであるが、強国が弱国を搾取する制度が成立した場合に、それを理論的に正当化することは本当に「双方の利益」なのか?(もちろん学者が理論化しなくともそのような関係は続くと言えるが) 

 

  • 国際法および国際法学のあり方を巡る問いが保護国に関する具体的問題と連関している。そこにおいて、理論に国際社会上の行為主体に影響を与えることが、単に利益の問題ではなく、法が実際に定立するか否かの問題に関わっていることも指摘される。

 

  • 保護国を論ずるということは、新しい慣行をいかに理論化するべきかという理論的問題と連関している。更にそれは、従来の主権、領土概念に変更をもたらすものであった。

 

国際法雑誌2巻3号 1902

立「干渉の定義を論して主権と国際法との関係に及ぶ」

主権の概念の使用は、国内法のみに基本的に限られるべきであるとする蛯川学士の議論に対し、その議論の論拠たる主権の領土外における主権の不存在という推定は、「特別慣例の固定又は特別の条約の規定(例えばボスニー、ヘルツェゴヴィーの永久占領、旅順口膠州湾の永期租借)の存在の立証によりて破られる」

と論ずる。

 

 

1905/08外交時報93 p.65~75

立作太郎 「保護国論」

 

英-エジプト関係につき条約文には保護国の語なく、保護関係を認める規定も記されていない。だが、英国がエジプトのために行う助言なるものは、命令的性質を備えており、その命令的性質を保持するために英兵を駐留させ、更に行政部内に英人を分布させて英国政府の意見を貫徹させる手段としている。「故に(中略)保護関係の実に至りては即ち存せり」(65,66)

 

「事情に適応して事功を挙ぐるを得る英国人の特性」によりエジプト経営は成功したが、保護国の地位を明確に定めなかったことは彼らの事業に多大の困難を加えた。(66)

 

故に英国のエジプトに比せられる韓国の保護国の地位を定める必要がある。明治37年2月の日韓議定書では日本の忠告を容れる韓国の義務、韓国の安寧、領土保全のための土地の軍事利用をする日本の権利を定め、同年八月には韓国政府が外交財務顧問を容れ、外国との条約締結などの対外関係の形成に際し、日本と協議するべきことを定め、郵便通信事業を日本に委託、その制度に関して外国政府と協定する必要ある場合は日本政府と協定すべきとした。これを見るに条約の文言上保護関係の語がなくとも、条約において韓国は保護国たるの地位を認めたるものと言わざるを得ない。(67,68)

 

およそ保護国は其の対外関係上の地位から二分できる

1.保護をなす国家が保護国のあらゆる対外関係について被保護国を代表し保護を為す国家の機関が保護国の対外関係を担うもの

2.保護国は自ら外交権を行使し、保護する国家は単に外交権行使に制約を加えるもの

2は更に、(a)保護条約において保護国の対外関係が保護する国の対外政策に適応させることを約するものと、(b)条約、契約の締結権に制限を加えるものに区分できる。(69)

 

分類の実例として、仏の保護するチュニスは条約から言えば第二種の保護国に属するが、実際はフランスの代表がチュニス外務大臣の職に当たって対外関係を規律しているため事実上においては第一種の保護国に近似している。(69,70)

 

日本と韓国の関係については、部分的に日本が韓国を代表することもあるが、重要な外交案件は基本的に協議を行うことが義務づけられているにすぎず、第二種の保護国と言える。(71)

 

 

第一種に比べて第二種保護国は保護する国にとり、保護国が第三国と結託して対抗するという可能性を残しており、障害が多いと言える。第三種の保護国(このカテゴリーは説明なく突然登場したが、2の(b)、条約、契約の締結権に制限を加えられた保護国を指すと考えられる)で、第三国と条約を結ぶことを禁止されていても、もし保護国が条約を無視して第三国と条約を結んだ場合に、第三国の利益からして、直ちにその条約を破棄することはできず、保護する国の国益から保護国の政策が離れることを抑止できない。(71,72)

 

  • 英国の事例で述べていた不利益がいかなる不利益かがここである程度見えてくる。法的に保護関係を明示せず、事実状態として支配を為すことは、対面上支配ではないと言い得る政治的効用は確かにあるが、その反面、保護国が独立行動をして第三国と結託した場合に、それを保護する国が法的に非難できない。非難すれば却って、保護していないという言明が正しくないことを露呈させる

 

「更に一歩を進めて之を論ずれば第一種の保護制度の実施は実際に於いて保護国治外法権の撤去を主張するために必要なりとす」(73)

 

保護国に於いて第三国の人間が治外法権を保持しているのは保護する国にとり非常な不都合であるが、保護国に進んだ裁判制度を導入するにあたり、保護する国が保護国の対外関係を規律できなければ、森林鉄山などに保護国が勝手に特権を第三国に与えるなど、保護国における一般勢力も安定しないため、第二種の保護制では第三国への信頼を確保することができず、治外法権の撤廃は困難である。第三種の保護国において治外法権が撤廃された事例は存在しない(73)

 

「以上説くところに依り第一種の保護制に非ざれば十分に保護を与える国の目的を達すること困難なること明白なるべしと信ず。」(74)

 

人は韓国を第一種の保護国とすることは日本が為した韓国独立の宣言と抵触すると言っているがこのことについては他言する必要はない

エジプトに関するミルナー卿の言葉で論考を閉める。

 

(報告者訳)

保護関係を明示する宣言ですら、すでに述べた宣言-そのヴェールの下で英国は軍事行動を行ったのだが-と殆ど整合しないのは確かである。しかし人類共通の慣例として、開戦時を控えた国家による明確な宣言が、勝利の時にその国家を厳格に縛ることは殆どないのである。(75)

 

 

・ 立も有賀と同じく、虚実が異なっているという国際関係における事態に注意を向けていた

 

  • ロジックの正確さ、条約として明示する姿勢は、国家の利益という観点からも正当化されている。学問的精密性と実践性を対置するような思考ではないのであり、理論的に洗練されていることは実践性を放棄することを意味しない

 

・ それと連関して、理論的整理と現下の問題の対応ということが結びついていた。

 

  • ただし、チュニスのように条約上は第二種保護国で、事実として第一種という事例について、どちらかと割り切らない態度を示し、「第一種の保護制に近きものなり」と少なからず曖昧さを残す。

 

  • 「保護制」、「保護国」という語を後者はその法的関係、制度を指す語として、後者は保護を被る国自身を指しているとして区別して用いられていると考えられるが、本稿において定義はされていない。

 

 

 

 

 

1906/2外交時報99p.55~62

有賀長雄

保護国の研究」

 

保護関係の流動性を述べ、旧保護国が独立した事例(トランシルヴァニア、アビシニアは名実ともに完全なる独立国だそうだ)も挙げた後、「日本は先ずアジアに日韓両国の間に成立するに至りたる保護関係を精密に分解し、尚又将来に於いて如何なる方向に於いて変化すべく、或いは変化せしむるべきものなるかを推究するの要なしと謂うべからず。」(55)

 

「韓国にして果たして自ら振て文明の業に勉め、遂に善く日本の保護に依らずして其の列国に対する責任を完ふするに至るの望あるものとせば、日本も列国と共に治外法権を維持して姑く韓国の開発を待つべく、若又韓国はとうてい文明列国の間に在りて自立するの能力を得るの見込みなきものとせば、今より外国及び外国人に関する訴訟事件に付いては韓国を以て日本の裁判管轄権内に置き、列国をして治外法権を撤せしむるの方針に出でざるべからず」(56)

 

「若保護国の制度にして一義の権宜に属し、強国を以て弱国を征する一種の方便に外ならずとするとき、保護関係は保護者たる国の意思以外に標準とすべきもの無く、従って学術的に研究する余地を存せざるや明らかなり」(56,57)

 

自然界の事象は一定の法則に従い、同一の原因から生じるものは同一の結果をもたらすとする。保護国も同じなので、事実的原因で区分すべきである。そのため、行うべきは実際の保護国を列挙して同一の原因から生じた保護国に存在する同一の性質をそのカテゴリーの性質とする(57)

 

 

 

 

・ 保護国に対し静的な制度というよりは変化する動的なものとして説明をしている

 

 

  • 有賀が保護関係を、遅れた国が先進国の仲間入りを助ける制度と認識しようとしていることを示していないだろうか。確かにその認識が正しいなら保護関係という慣行にも「双方の益」なるものの存在は示される。→名と実が混乱していないか?名目である保護国の利益というものが存在すると「仮定して」理論を構成するという立場に接近しているように映る。成立した慣行が促進する「双方の益」を享受する主体が列国に限られると想定すれば、列国同士の利益のための制度として想定して理論化できたのではないか。

 

  • 事実的原因と事物の性質が連関するというテーゼと、「国際公法と国際事実」で述べられた慣例自生説及びそれが双方の利益にかなっているというロジックは、有賀が述べ続ける事実に重点を置くことの実例として興味深いが、やはり慣行が成立する過程で「双方の益」にかなうものに変容していくという仮説と、慣行は双方の益に(その双方に含まれるのは誰かという問いを立てない)なるという理想論が多少混同されている。

 

  • 「若保護国の制度にして一義の権宜に属し、強国を以て弱国を征する一種の方便に外ならずとするとき、保護関係は保護者たる国の意志外に標準とすべきもの無く」→第三国との関係の問題はどうか、むしろ外の列国の意志との調整の問題が生ずるはずではないのか。

 

 

 

1906/9 早稲田大学出版局

有賀長雄

保護国論」

 

「保護関係を生じたる多くの事実を湊合して其の起因となりたる事由に(中略)四種ありと推定し、同一の事由の下に生じたる幾多の保護国を比較し、其の間にふつうに存在する事実を帰納し、此を以って斯の種に属する保護国の本然の性質と為し、以て将来同一の事由の下に保護関係を設定する標準と為」(4~5)す方法をとる

 

 

 

保護国の四種

(1~4,175から)

第一種

成立原因 強国の間に存在する弱国があり、これを一国が獲得すると勢力均衡が乱れるおそれがあるので一国が独立を護衛する(原因と動機、保護を受ける過程が区別されずに叙述されている)ため成立

具体例 モナコやアフガン、モンテネグロ

特徴 主権を完全に享有し、自ら行使する。保護する国が保護国に対し動乱の際に兵力をもって保護することを約する

 

第二種

成立原因 世界交通の要路にある国が、列国と文明が異なる故に国土の解放を拒んだ際、この国に利害関係の多い国がその国を世界列国の伴侶に入らしめる為に主権の一部を行うことで成立

具体例 タヒチ、安南、チュニスマダガスカル

 

特徴 「主権を完全に具有するも自ら之を行使する能力欠乏する国」、「主権の一部を行使せんことを約束する」、必ず条約やそれに類似する形式をとる

 

第三種

成立原因 文明の程度が低い一国を強国が併合しようとするも、併呑すると他国の反感を招くので、主権を全く強国が保持しつつ弱国の君主を維持して行政を行い、保護国の名称を与え成立

 

具体例 インド

 

特徴 国際法上の国家ではないが事実上国家として統合している。存立は保護する国に依存している。国際法上属国とされるものと同一である

 

第四種

成立原因 海外の領土を得ようとする列国が、その地域を開発するコストが大きいと考えるとき、当地の蛮族を懐柔して保護地として列国の承認を得て生じる

 

具体例 アフリカの内地

 

特徴 国家の外形が無く、蛮族が群生している。無主の地域に向かって設定する関係

 

 

「韓国は第二種の保護国たること多言を要さずして明瞭なり」(200)

「日韓協約により日本の第二種保護国と為りたる韓国は世界列国の間に立ちて独立国たるの資格を有するや否」(216)

「もっとも緊要なるは日本の第二種保護国たる韓国を独立国として見るべきか、将又属国として見るべきかの間に在り」(220)

 

日韓議定書による朝鮮独立の保証と保護関係との間を「如何に調和すべきか」(216~218)

 

(韓国のような被保護国は)「不完全なる独立国たること争い難し。然れども其の不完全なるが故に能保護国の主権を以て之を補成し、被保護国の単独行使する能はざるところの権利を能保護国の管理指導の下に於て行使せしむる者なれば、斯く補成したる上にて第三国より之を見るときは被保護国も亦完全なる独立国とさらに異なる点あることなし」(221~222)

 

  • そもそも保護国に成る国ははじめから完全な主権をもっておらず、保護する国によって初めて主権が完全になるので、独立国と実質は同じであるという議論(元から持っていた主権は完全に保持しているということか)であるが、主権の単一性という原理を崩して議論を構成している。

 

 

 

 

立 1906/10 外交時報107

「有賀博士の保護国論」

 

「被保護国が能保護国に対しては独立ならざるも第三国に対しては独立なりとする見解の如き博士の独特の説にあらざるはなし此(中略)の説必ずしもカシなきの言うを得ざる」(95)

 

 

 

1906/10国際法雑誌5巻2号 p.1~5

有賀長雄

保護国論を著したる理由」

 

「日本が列国に対しても朝鮮国ソノモノに対しても韓国の独立及び領土保全を担保すと誓うているのは虚言であるか、国は虚言を吐いても良いものであろうか、ただし韓国は独立国であるとしても尋常の独立国でないことはいわずして知れておる」(2)

 

「名分は独立国でありなから実際の関係は違っている処をなんと説明したら善かろか、ソコが即ち保護国の法理関係を研究することの必要な所以である。政治家は難しい問題に出くわすと有邪無邪の際に誤魔化してしまう、彼らは研究のひまがない、材料も持たぬ、ソコデ学者が道理をつけてやる必要がある、而も其の道理は正々堂々世界に公平して憚からないものでなければならぬ。既に韓国の地位に付法理を確定し足る上は、すべてこの事が此の法理に一致していかねばならぬ、法理は決して空理でない、此れを誤ると実際の上に非常の衝突が起こって来る」(2)

 

 

・ 韓国の治外法権、立と同様の論点を扱う

 

「韓国に於ける各国の治外法権はドウなるのであろう」その撤廃法は2つ、1. フランスが自国の裁判所構成を保護国に及ぼして(自国の管轄権下に置いたということか?)文明国の裁判を行った。2. イギリスが保護国の裁判制度を改良して文明裁判を行わせる主義をとっている。日本もドチラカに方針を決めなければいけない。(3)

 

「フランスの主義に倣うにしても韓国より殊更委任を受ける手続きさえすれば其の独立の名分を妨げない」(3,4)

 

「(内政への干渉は)条約によりてすることであるから韓国の独立国たる名分を害しない」(4)

 

 

 

  • 自国の韓国保護国化を正当化、理論化する必要という動因があると同時に、「法理」に従うことの重要性を説く

 

  • 立と異なり、mutatis mutandis、事情変更の法理的なロジックで過去の言明が破棄させるという主張をしない。「国家が嘘を吐いていいものだろうか」という主張は法によって行動を制約するロジックというよりは、倫理的潔癖性、公正さというものを押し出した議論ではないだろうか

 

  • 名と実の区別に悩む有賀は、それをなんと説明するかと論ずるが、有賀「領土保全の名義の下に領土上の利益を獲得する諸法」のように、名目と実が異なっていると端的に指摘するだけという思考も有賀は行っている。この点に不整合を見いだすならば実践的意図がそこに介在していると言えるが同時に、「国際公法と国際事実」で述べたように新しい慣行を取り入れて論ずる必要があるということも述べているため留保は必要である。ただし、立のように保護国は独立を得ていないという定義をした上で過去の宣言を変更、破棄することで自国を正当化する議論は可能なのである。ではなぜそういう議論を行うのかというのは次の項目と連関していないだろうか

 

  • そこから更に疑うのは、有賀が行う、法尊重の必要の主張は、端的に法に従うべきという議論でなく、それにより利益があるという功利的性質に加え、そうすることが公正であるというような倫理的色彩を帯びてきていないか。 「正々堂々」、「公平」というような倫理的領域の語の使用はほかの論文でもしばしば登場する。端的に破棄することを認める法の論理と、嘘を吐いていいのかというレベル道徳論が同一平面で扱われていないだろうか。口述する立「保護国の類別論」28において、「保護関係は宜しく被保護国の利益を目的として設定すべしとの論は人道条理の上よりして傾聴すべきも」その論を採用しない立は、その点の区分は明確である

 

  • 名分上独立とはどういう意味か。名分のみの独立で十分なのか

 

 

 

 

立1906/11

国家学会雑誌21巻11号p.35~43

「国家の独立と保護関係」

 

国家の独立とは「一国が国際法上の行為能力殊に外交権に対し他国より法規上の制限を受くることなき消極的の状態」で、「独立に完全不完全の程度を認むる能はず一国は独立国成るか然らざれば不独立国なるなり」(35)

 

・ 「不完全な独立国」のような概念を認めない

 

有賀の言葉に呼応して、民法に於いて無能力者が、その能力を補充する後見人に対してのみ成らず、一般人に対して無能力者であると同様に、保護国も一般の国家に対して無能力者である(35~36)

 

 

有賀の独立国の認定の仕方は「独立の意義を定めずして直ちに被保護国は独立国なりや否やを決せんとせるを以て思想の混雑を免れざりしか如し」

 

有賀の方法は「「無能力者は完全なる能力者と同様なる権利能力を有するを以て能力者なり」と謂うが如き」(38)

 

国家であれば完全なる権利能力を有することは当然で、それは独立の必要条件であって十分条件ではなく、国際法上の行為能力、特に外交権を完全に有しているか否かが問題である

 

「国家の独立なる述語は博士の如く関係的の意義に解すべからず」(39)

 

 

・ 制限行為能力者のたとえは、有賀にも存在している。「之を民法の保佐後見の関係に喩えて言うときは準禁治産者及び未成年者は権利行使の能力に欠くる所あるも、保佐任後見人の能力を以て之を補成し、以てその戸主たる権利を行使するときは民法上第三者に対するいっさいの関係に於て能力完全の戸主と何等相違する所なきが如し」

 

「日韓議定書第三条は之の現在の保護関係と調和するを求むるの必要なきなり」(40)

韓国の外交権に制約を加えた第二次日韓協約「に至り前に日韓の間に訳せる独立の保証に関する条項は(独立の語が国際法の述語の意義に用いられるとせば註二)其効力を失えるものと看なし得べきなり」「(註二)いわゆる独立の語が外交上に於いて国際法上の意義に異なれる意義に於いて用いられるるの疑あり日韓議定書の独立の語につきても疑いを生ずべし事、後文に詳かなり」(40,41)

 

  • ここで、韓国の独立国とみなさずとも、前議定書の失効、ないしは条約文の解釈によって整合可能であることが示される。国際法の言語に一定の要件を課しているこの箇所の更なる理解のためには立の国際法への視点を見る必要がある

 

「外交上の実際の俗用語として」、条約や宣言に用いられている語が国際法の用語と異なっていることを理解できるので有賀の研究は「研究の題目を」与えるだろう(42)

 

 

  • 有賀保護国論は韓国を「事実上之を完全なる独立国と云うとを得ざるのみ」「結果においては独立国と敢て異なるとなし」(223)と述べて、どのような意味で独立でなく、どのような意味で独立であるのかを曖昧にしているが、その議論を行っている箇所は「保護国法理編」に含まれており、法的議論を目論だことは否定できない。以前の名と実という対抗と比べ、「事実上」と「(日本が主権を補ったという)結果において」というのはどのような対比を意図しているのか。

 

 

 

 

立1906/12 国際法雑誌5巻4号 P.22~32

保護国の類別論」

 

近年の理論の傾向として、国際法上の行為能力の制限を加える場合のみを保護関係(Protectrate)の名で規律し、その制限のない場合は単純な保護(Simple Protection)と称されている。日本語の保護国の定義をいかに定めるかは問題であるが、「要は保護国の定義を明確に定むべきのみ」ということだ(22,23)

 

有賀の研究の問題はそこで、彼の第三種第四種保護国という概念は、国家としての資格を備えていない地域を保護国としているが、「二者共に国際法上の保護国の一種にあらざるや言を須たず」

更に、有賀が行う原因による区別という手法は「政治学的の類別」であり、その区別を法理上の性質の区分と一致させることは「在来の国際法学的の類別に純粋なる政治学的類別の臭味を附加せんとするものなり」(25,26)

 

 

  • 立が指摘することは、「国際公法と国際事実」の分析で指摘した、事実的因果関係と規範的性質が区別されていないという問題(無自覚なフィクションの使用)と通底している

 

確かに有賀の分類した四つの類別それ自体に法理上の区別があることは否定しないが、それとその起因を繋げることは正しくない。「第二種保護国の許多の場合に於て博士が却て第三種保護国に擬する所の「土人の反抗を恐れ又は第三国の争議を恐れて併合の意志をあきらめ(トウ)て止むを得ず国際法上の国家として存続せしむること」を以て真正の原因と為せるを見るべきなり」

 

日本の韓国への保護関係も起因は、「被保護国の利益を目的」としているのではない。「特殊の利害を有する我国が時刻の利益防衛の為め」に行っていることであるのであり、韓国を列国の仲間入りさせるためなどという目的はなく、日本の利害によって韓国の対外関係を、列国から距離を置かせることもかのうなのである。「此の如き政策上の方針に関して現在の保護関係の法理は牽束を加ふるの力なきなり」(28)

 

  • 政治学的手法を法理論に加えた有賀の議論は、単に理論的問題点があるのみならず、実践的役割まで欠くのではないかと立は指摘する。両者の対立を単に法理論の学理的純粋性を主張する側と、実践性を重視する側として理解することは出来ない。

 

「要するに保護関係の起因と言うの如き政治的事実は多くの場合に於ては単に条約又は其の他の公文書の字句のみによりては知るを得ざる複雑なる事実なるを以て保護国の法理的類別の基礎とするに適せざる」(29)

 

そして、立は自らの「保護国論」で提示した保護国三分類論を再び展開していくが、その具体的様相には変化があるのだ。分類の仕方としては、大きく二つに分けて、其の後一方をまた区分して、三つの類別を提示するやり方であり、1905年の議論と共通するが、その内実が異なっている。

大きな区分は、1. 単純な庇護の下にある国と 2. 狭義の保護関係の下にある真正保護国 の間になされる。

これは、有賀の類別における第一種、第二種を含むようにした上で、国際法上の行為能力に着目してなされるものである。(29,30)

 

 

  • 1905年時点では、1.保護をなす国家が保護国のあらゆる対外関係について被保護国を代表し保護を為す国家の機関が保護国の対外関係を担うもの、2.保護国は自ら外交権を行使し、保護する国家は単に外交権行使に制約を加えるもの、という区分であったのであり、大きな変更を被っている。立にとり厳密な意味での保護国以外も対象とする有賀の類別論と対抗する必要上視野が拡大し、保護国とそうでないものの区別を理論化するに至ったのではないか

 

そして1は正確な意味で保護国に区分されないとした上で2は、「国際法上の行為能力につきて能保護国より制限を受くるも被保護国か直接に対外関係を維持し被保護国の外交機関が直接に第三国の外交機関と交渉するを得るもの」である甲種真正保護国、「能保護国が対外関係につき被保護国の外交機関が直接に第三国の外交機関と交渉することなきもの」である乙種真正保護国に区分される。

 

甲種は安南(1874~84)、トランスヴァール、乙種は韓国、マダガスカル(1885~96)、安南(1884~)が含まれる。チュニスは条約では甲種だが、事実上は乙種に近似する(30)

 

  • この論文でなされる二回目の区分が、1905年の一回目の区分と見事に重なっている。具体的な該当国の扱い方もチュニスに見られるように類似している

 

 

 

有賀長雄 外交時報110号 1907/01

保護国の類別論」

 

立が保護国の定義を研究することの必要性を指摘したが「国際法上の問題を論究するに当り(中略)定義より入りて談論に達せんとせらるることは一の弱点」で、研究が完成した時に定義は得られるのであり、研究の冒頭で定義を立てることは倒錯している。なのでまずは多くの事実を収集して帰納する必要がある。「立氏の論法に於ては先づ保護国の定義を立て、此の定義に合いたる事実は之を保護国に関する事実として収集し、此の定義に合わざる事実は之を保護国の事実に非ずとして排除せざるを得」ず、有賀の立場で予め事実を捨象せず、政府や学者が認めた様々な事例を一旦取り入れる事が出来る。(51~53)

 

  • 有賀は立の手法では先に設定した定義で事実を切り捨ててしまうと述べているが、有賀の「保護国論」において明示している、韓国の保護国としての立場を整合づけようとする目的の設定はそのような作用を持たないと言えるのか。更に、有賀の研究において、雑多な保護国の用例は「一旦」事実に入れられたのみならず、最終的にいくつかの類型は保護国に該当しないとして捨象されることもなく、そのまま全て保護国として受け入れられているのである。

 

立が有賀の第一種、第三種、第四種保護国を真正の保護国でないとすることにつき論ずる。立が第一種保護国を「プロテクトラー」に含めない傾向ありと述べているのは「断じて事実に非ざるを明言せざるを得ず」、第一種保護国として提示した諸事例が、「プロテクトラー」に分類されていることはエンゲルハルト、デバニエが認めるところであり、「此の一事を以てするも一種保護国の事実を度外視するの不可なるや明らかなり。」第三種、第四種保護国として掲げた所持例が「プロテクトラー」に含まれることはカルドの見解により明らかである

「顕著にして有力なる事実あるに係わらず、其の会々(たまたま)空に心中に画きたる保護国の定義に合はざるの故を以て之を研究の度外に措くは果して学理に忠誠ならんとする者の為すべきとなるか」(53~55)

 

  • 有賀は自分を事実に依拠する側に置き、立は理論を「空(うつろ)に心中に画きたる」ものとして議論を行っている。ただしここでいう「事実」は、先行学者の指摘の存在のことであり、実例としてあがっているチュニスマダガスカルが実際にどうであるというレベルでの事実ではない。更に言えば、この箇所で否定しようとしたことは傾向の存在が「事実」でないと言うことだが、議論の途中で軸がずれていないだろうか、傾向の有無が事実であるか否かという問題に正しく応答できていない

 

 

有賀の提示する保護国の類別は「立氏の所謂真正保護関係と著しく差異するものありと雖、各国政府が之を保護国(プロテクトラー)と称し、専門の学者の亦之を保護国(プロテクトラー)中に包含せしめたるは其の間に連関するところあり、国家生活の発達上此らの相異なる事実の下だすに同一の名称を以てするの必要あるに固るものなれば、其の必要の存する所を分析し、主権の関係を基礎とする正確なる文字を以て之を定説するは学者の義務なり」(56)

 

  • 有賀も立同様、その内実がどうであれ国際法学の言語を使用する必要を理解していることは看取される。ただ、単に既に学者や政府が呼称しているという事実を無批判に接続する姿勢は既存の法の言語からこれを純化しようとする立とは相違するだろう。少なくとも、立はそのような呼称の中で、既存の国家や独立に関する定義でもって其の幾つかを保護国でないものとして類別しており、先に有賀の主権や独立の扱い方で見られたように、既存の理論を多少曲げてまで、保護国の呼称を得ているものを均並に保護国として法的に理論化しようとしていることは対照的である。これをあえて一般的に言えば、すでに存在する言説、理論の優先関係をどう配列するかの問題になろう。立は、既に存在する法学の核心たる主権、独立、国家というような理論を優先したのに対し、有賀は政府の宣言、学者が呼称しているという事実を優先した。後者は法システムの言語における優先規則と対立するように思う。更に言えば立の応答にあるように、学者が呼称した事実というものは逆の理論の存在も提示できる以上一義的な事実ではない

 

 

 

国際法に於ては各国政府が国際生活の必要上より実行したる所の政策を以て事実とし其の各国国民の生活発達に有益なるものを取て合法と為し、之に有害なるものを目して違法と為す次第なれば、国際法上の事実は元と皆政治上より出る」ため、保護国においても「其の政策の異なるに因り之が結果たる保護の異なるは自然の順序」であり、「国際法に於て法律論と政治論を全く別視すべきものと為すは誤なり」(56~58)

 

 

・ ここで有賀が国際法で認定すべき「事実」が定義された。各国政府の政策がそれである

 

  • この論法だと、仮に有賀のように「長期間維持されている政策、慣行は双方の益となるものである」という正しくないロジックを保持していなければ、国際法学は、「事実」である各国政策を逐一国際社会、ないしは「双方」の利益になるのか検討しなければならないことになるのではないだろうか、逆に有賀ロジックで複雑性の縮減が達成されているうちは、現状追認に堕するものではないか

 

  • カントがTheorie und Praxisのクリスティアン・ガルヴェの通俗的道徳論批判に際して述べたように、利益計算は複雑性が異常に高い上に最大の利益、皆の利益なるものの定義は確定不可能なのであるから、必然性の領域としての法、道徳の議論は利益と切り離すべきであり、立が「保護国の類別論」で述べた起因の複雑性の指摘も同旨ではなかったか。「要するに保護関係の起因と言うの如き政治的事実は多くの場合に於ては単に条約又は其の他の公文書の字句のみによりては知るを得ざる複雑なる事実なるを以て保護国の法理的類別の基礎とするに適せざる」(29)

 

 

 

立作太郎

 

保護国論に関して有賀博士に答ふ」

国際法雑誌5巻6号 1907/02 p.18~38

 

定義先行の問題につき、事実の渉猟の重要性は言うまでもないが、「学者が已に研究に於いて必ずしも研究の際に於ける順序を其のまま再現するを求む留の必要なしと信ず」故に、研究著作では冒頭に研究の目的物及びその範囲を明確にしておくべきである。有賀が自然の順序を強調することは結構だが、その研究において保護国の定義をしなければ出来ないはずの類別を定義に先んじて論じているのは矛盾ではないか(18~20)

 

保護国の定義の必要は学問の体裁問題としてだけでなく、それを欠くことによって保護国の観念自体が明瞭さを欠くことになったために述べているのである。(20)

 

現在保護国に関して狭義広義の両定義が存在するのは確かだが、最近の傾向は明らかに狭義の側にある。更に、保護国の語を広義に取る場合誤解を避けるためには「一一広義の保護国なることを説明するの必要あるべく研学上煩累多きを以て寧ろ保護国の語を狭義に用ひ」る必要がある。(20,21)

 

・ 学問上の対話の便宜の為にも、混同を招かない狭義を用いるべきである

 

傾向の有無につき「博士が単にエンゲルハルト及デバニエの上げたる事例のみに依りて最近の学説の傾向を判断せんとするは穏当を缺けるには非ずや」

その後、保護国の類別論で行った議論を、ガイラル、ウェストレーク、デバニエ、オッペンハイム、ピックの議論を援用しつつ再掲した上で、「保護国の語を狭義に用い第二種のみを含む意義に之を用いんとする学説の傾向は二の事由に本づくが如し」1. 最近の国際慣例上有賀の言う第一種保護国に関して保護国、保護関係の語が公に用いられる実例殆どないため 2. 国際法上の行為能力の制限を受けているかの基準を用いず単なる庇護を受ける国も保護国と称すると現在の慣用とも相違するに至るため (23,24)

 

  • 有賀の尊重する慣例、慣習の面でも、第一種保護国は用いられなくなっていると、相手の議論の立て方にあわせた議論の展開を行う。ここで傾向が実際どちらにあったのか検討して立の議論を精密に批判することは今後の課題となる

 

 

有賀の第三種、第四種保護国につき、「プロテクトラー」なる語の使用から直ちに保護国として認定するのは正しくなく、その語の意味から考えなければならない。「プロテクトラー」こそが、国際法上の保護「関係」を示す語であるが、それは形容詞抜きで単に「プロテクトラー」と呼ばれている時に限る。有賀が指摘した「プロテクトラー」は、植民的保護地(Protectorat colonial),行政的保護地(Protectorat administratit)と形容詞が付されており、直ちにそれを形容詞抜きの保護関係である「プロテクトラー」と同一視するのは正しくない。さらに真正の保護関係ならば其の関係の目的たる保護国(Etat Protege)の語が用いられていなければならないが、それこそが真正の意味での保護国であり、日本にとり韓国は保護国(Etat Protege)に相当することは疑いを容れない(25~29)

 

  • ここで立は慣行、国家実行への着目という有賀との同一平面に立ったうえで自らの分析の正当性を提示している。それに対し有賀の応答が、自らの指摘した起因による分類の問題点に応えておらず、正確でないと指摘する。「博士教訓の労を惜しまれざるに批評の此要点に対しては却て一言することなくして顧て他を謂うは何ぞや」(33)

 

  • 穏当なる判断への尊重は有賀が以前の論文で既に示していることで、これが立によるハイコンテクストな皮肉である可能性もある

 

 

国際法に於て法律論と政治論とを全く別視すべき者と為すは誤なり」との有賀の議論について、「一の政治上の事実が国際法上の事実たるを得ずと為す如き概括論を為せしことは決して之なき所にして余と雖も国際関係に於て一の政治的事実が国際法上の事実と為り得べきことを認めざることなし」(33)

 

国際法の合法不法と国民生活へ有益有害の区別を接近させることにつき、「果して然らば国際法に於ては法律論は実質に於て全然政治論となり唯合法不法等の語を用ふるを以て政治論に異なるあるのみ然れども此の如き国際法の見解は全然誤謬なることを断言せざるを得ず」(35)

 

 

  • 有賀の議論を政治論と法律論を同一にしてしまうものとする指摘は正当だが、実は有賀の「保護国の類別論」で提示された議論だけでは直ちにそうはならず、有賀が行う事実的原因と規範的性質の混同、慣行は双方の利益になるという即断があって初めて成立する。(どちらでも同じことだと言い得る程度の微妙な相違ではあるが)

 

「国際各法規は国際団体に普及せる国際慣例(慣習法)又は団体内の諸国間の一般的条約(成分法)に本きて其存在を証明すべきものにして決して各国国民の生活発達に有益なるや否やの政治学上の問題の答案に依り其存在と否とを決すべきものにあらざるなり」(35)

 

  • ここで国際団体という、国際法のアクターを制限する装置が出現している(例えばウェストレークやロリマーの20世紀後半での理論では、そのメンバーは文明国に限られていた)、法源を制約する視点が提示される。

 

 

今後の課題

 

  • 有賀の変容は?彼の直接的な応答はその後存在しないが、理論に変化は見られるか
  • 立の国際法の理解をさらに深める必要がある
  • 自国の政治行動を不法と断ずることは実際に可能であったか?